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    【取材してきました vol.020】NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん:第2回~DV被害者支援活動のベースには幼い時の気持ちがあった~

    投稿:   更新:2018/03/19

    カテゴリー:北海道 札幌市 離婚・別居 家族関係 地域別情報 特集記事

    シンママさん、シンパパさんだけでなく、プレシングルさんにも、これからのことを考えた時にDV支援活動をされている川瀬さんのお話からヒントがあるかもしれません。川瀬さんはなぜDV支援活動をされているのか? そこには深いわけがありました。どうぞご覧くださいませ。

    ウタリくらぶでは、実際にひとり親当事者や支援者である方にもインタビューを重ね、家庭生活や子育て、働き方についての生の声をお聞かせいただき、読者の皆様により身近な情報をお伝えしています。ウタリくらぶ担当記者・西川明子です。

    今回は、北海道札幌市で活動する非営利の市民活動団体「ピーチハウス」のメンバー、川瀬亜矢子さんにお話をお伺いしました。

    川瀬さんは長年、DV被害者の支援活動をされています。
    ひとり親になる選択をする際に、家族間の暴力に悩み、ご自身やお子さんを守るためにやむなく家を出て、離婚という選択を取らざるを得なかった方も多数いらっしゃいます。
    実際、シェルターを運営する団体において、多くの親子を保護し自立支援のご経験をお持ちの方にお話をお伺いすることで、もし自分や親しい誰かが問題に直面した時に、良い解決に向けて行動するきっかけになるのではないかと思いました。(この記事は、3回に分けて掲載いたします。)

    ←【第1回~家庭内にDVがあったことに大人になってから気づいた~】を読む

    第3回~推測で動くよりも、目の前の人の話をちゃんと聞く~】を読む→

    ***

    母の経済的な自立と寛大さ

    ●NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん(以下、川瀬):
    母は父がいなくなってから、姉のお世話で公務員になったので、安定した職業で定年まで働き続けました。
    父は、民間でしたから景気の良い時はいいけど、仕事のない時は厳しい。
    彼女が私たちを経済的にも精神的にも育ててくれました。
    母は、『父がいたから頑張れた』と言ってなんだかんだ一緒に今でも暮らしています。

    ●ウタリくらぶ記者・西川明子(以下、西川):
    お母さんのご姉妹が、大変だった時に助けてくれたんですね。

    ●川瀬:
    母は末っ子だったので、姉たちがいろいろと助けてくれたようです。
    祖父母や叔母の家族と遊んでいる写真はいっぱいあるんです。

    ●西川:
    お父さんがいなくなっていることには、物心ついていなかった当時の川瀬さんは気が付いてなかったんですね。

    ●川瀬:
    でもね、見捨てられ不安にすごく敏感だということに気が付いたの。
    母の不安な姿を私が幼いながらも感じ取っていたのね。
    わたしが夫と結婚するために新居に引っ越してからのことだったんだけど、夜にふと目覚めたら夫が隣にいないということがあって、すごく不安だった。
    その時は夏の暑い時で、ただクーラーのきく車に行って寝ていたってだけだったんだけど、そういう風に小さい時の記憶の点と点がつながる、ということが20代の頃からありました。

    ●西川:
    若い頃は男女不平等だから結婚したくないと思っていたのですよね?

    ●川瀬:
    でも、いい出会いがありましたので。

    ●西川:
    小さい時には記憶になくって、おばさんからそのことを聞いたのは高校生の時ですよね。
    幼い時の体験が、常に心理的に危機にさらされているのではなく、潜在記憶の中に深く眠っていて、ふっとなにかきっかけがあったときに点がでてきて、つながってくるという感じですね。
    昔の人は偉かった、なんて言いますけど、川瀬さんのお母さんが、別れないで待ち続けて帰ってきたら受け入れるっていうのはすごいですね。
    今も、かつてDVを加えられた障がいを抱えた夫と一緒にいるって。

    ●川瀬:
    きっと、好きなんだと思います。

    ●西川:
    何があってもそこに愛があるから、娘さんの存在ももちろんあったんでしょうけど。
    弟さんが生まれてからもいなくなったりしたことはあるんですか?

    ●川瀬:
    それからはずっと一緒にいます。
    母が経済的に自立している、ということがすごく大きい事だったのではないかと思います。

    NPOでのDV被害者支援活動

    ●西川:
    ピーチハウスさんの活動を始める前から、DV被害者支援の活動をされていたんですね。

    ●川瀬:
    作業療法士の資格を持っていて、精神科で働いていました。
    人権、虐待、家族の問題というのは学生時代から関心もあって、やはり幼い時の『男女不平等が許せない』という気持ちがベースにありました。

    ●西川:
    では、男女共同参画運動もされていたのでしょうか?

    ●川瀬:
    市民講座で男女共同参画についても聞いていました。
    当時はDV問題の中にある、セクハラやモラハラといった言葉もまだなかったんです。
    私は、母親に負担をかけちゃならないとか、長女だしとか、責任感の強い優等生としていい子で育ちました。
    社会人として日々、女性がお茶くみやコピー取りと言った雑用をやらされているのはおかしい、男性だって自分でやればいいのに、とか、飲み会に行ったときに帰りに忘れ物はないかしらとか気を配るとか、何かもめごとが起こりそうなときに調整役になろうとか、気が付いたら先回りしてやってしまう自分が、他人優先でとても苦しかったのです。

    ●西川:
    周りの方にとっては川瀬さんの気配りに感謝していたんだろうなと思います。
    相手の気持ちを読んで、先回りして調整する能力は社会に必要とされていますし、先ほども話していた昭和という時代背景もあって、亭主関白な男性の後ろからついて歩いていくといったけなげな女性像が求められていましたよね。
    また、他の人が暮らしやすいように配慮するということが、小さい時からしつけられていたようにも感じます。
    それでかつては日本がうまく回っていたんだと思います。
    平成に時代が変わり、男女平等が叫ばれていく中で、古い制度の形が残っているのに、ゆとり世代が社会人になってきて、中身が伴わなくなって、いろんな行き違いが出てきていますよね。
    年代が上の人は、当たり前のことを教えないとできないのか、と思っているし、皆が平等なのだから自分のことは自分でやるべきだと教えられてきた人は、そんなことを言われるのも不本意かもしれません。

    ●川瀬:
    他の人を優先するより、自分のやりたいことをしようと考え方を変えて、例えば、ママ友同士で飲み会を企画するなんてことがあったときに、クラス全員に声をかけなくてはならないと思い込んでいたんですが、今では、自分が飲みたい人だけ誘う、他の人が誰かと飲みに行きたかったら自分でやればいいと思えるようになりました。
    必要な調整は今まで通りしたいと思えばやるけど、誰かの持ち分だと思ったらやらない。
    忘れ物は自分で管理しなさいよ、と自分の中の基準を変えただけなので、傍から見たら大きくは変わっていないです。

    ●西川:
    ご自身の中の基準が変わったんですね。

    ●川瀬:
    自分の中の軸になりましたね。
    今までは、何で気が付かないんだろう、あなたもやればいいのにと、口に出しては言わないんだけど、一人でしょい込んでいるような気がしてとても辛かったんです。

    ●西川:
    それは小さい時のお母さんに迷惑はかけられないと感じていたことが関係していますか?

    ●川瀬:
    そんなに無理はしていなかったし、やりたい範囲でやっていたと思っていたけど、今思えばもっと羽目を外したかったのかもしれないですね。
    同じお金を払っているのに私だけ楽しんでいないなって不平等だなって。

    ●西川:
    その自分が被っていた殻が外れるような気付きがあったのですか?

    ●川瀬:
    女のスペース・おん』という、駆け込みシェルターを運営して相談啓発活動をしている団体に13年いました。
    その後、アサーティブを学んで、率直に言ってみるとか、コミュニケーションを変えたらずいぶん楽になりました。

    [リンク]NPO法人 女のスペース・おん
    [リンク]アサーティブネス(Wikipedia)

    ●西川:
    『おん』さんは、よく新聞でお見掛けしています。

    ●川瀬:
    シェルターの運営については全国的にも先駆けだったんです。
    そこで、DVから逃げてきた母子の支援をしてきたんですけど、自分がかつてDV家庭で育った子どもだという自己開示をしているわけではなかったんです。
    その当時は、『結婚指輪をして活動をするのも申し訳ない』と感じたこともありました。
    でも、経験を積んでどう目の前の相談者に接するか、暴力のないところで、活き活き生きたら子どもたちももう大丈夫ですよと、わたしもそうだったからとお伝えできる自分を見せる方が大事なのではないかありのままの自分でいようと思えるようになってきました。
    支援活動は、自分の葛藤でもありました。

    ●西川:
    結婚指輪をしながら仕事をしているとよく思われないかもしれないということですかね。
    わたしはすっかり指がむくんでしまって、外そうと思ってもなかなか外せなくなっちゃんたんですが。

    ●川瀬:
    若い頃は、結婚している人に偏見があるんじゃないかと思い込んでいたのかもしれませんね。
    どんな身なりをしているかではなく、一人の人として見てもらえばいいんじゃないかと。
    今は、基本的に自分のことが好きなので、そういう風に育ててくれた母に感謝しています。

    ●西川:
    自己肯定感はあるということですね。

    ●川瀬:
    きっと恵まれていました。
    父も子どものことを否定せず、やりたいことはさせてくれましたから。
    たまたまラッキーだったかもしれませんね。

    ●西川:
    ここが一番重要じゃないですか。

    ●川瀬:
    その後、被害を受けた女性や子どもばかりではなく、DV家庭で育った男性など、支援の対象の幅を拡げたくて、『おん』をやめてピーチハウスに移りました。

    NPOピーチハウスのメンバーになって

    ●西川:
    ピーチハウスのメンバーの方には、うちの次男の出産でお世話になった産婦人科の医師、母乳育児支援でご協力いただいている開業助産師さんや、一緒に防災の活動をさせていただいている助産師さんもいますから、普段から個人的にスタッフの皆さんには、大変お世話になっています。

    ●川瀬:
    ピーチハウスは、メンバーがそれぞれ『女性と子ども』に関する仕事や活動をしている方が構成員になっています。

    ●西川:
    主な活動は、性教育や心のケアについてでしょうか。

    ●川瀬:
    定例の活動としては、毎月第二水曜日に、女性限定の『こころのケア講座』を開催しています。
    毎月テーマを変えています。

    ●西川:
    以前、主治医の先生が担当されていた講座に参加させていただきました。
    わたし自身、この中で当事者でもあるテーマもありますから、また参加させていただきたいですね。

    ●川瀬:
    活動はメンバーが企画して、ピーチハウスで主催しようと決めたら実施するので、以前は乳幼児親子向けのクラシックコンサートも開催しましたよ。

    ●西川:
    そういった特別企画もあるんですね。
    『こころのケア講座』の12のテーマは、比較的DVにまつわるものが多いですね。

    ●川瀬:
    私が以前、作業療法士として精神科に勤務していた時から感じていたことですが、幼い時にDVのある家庭で育った方や学校などでいじめや体罰に会ったことのある方は、何らかの生きづらさを抱えています。
    そのせいで、病気になったとまではいいませんが、どこか安心できる場所がないので、元気を出したり自己肯定感を高めたりすることができないかなと思っていました。
    ピーチハウスに移ってからは、DV被害にあった子ども為の「コンカレントプログラム」をやっていたこともあります。

    ●西川:
    コンカレントプログラム?

    ●川瀬:
    被害にあった母親と子どものための同時時並行心理教育プログラムで、カナダから来たものです。
    東京の方が全国各地で研修会を行っていました。

    [リンク]特定非営利活動法人RRP研究会

    ●西川:
    海外では心理的なケアの研究やプログラムが法制度の充実とともに取り入れられていますよね。
    日本はなかなか広く普及するまでに至っていないと聞きます。
    ウタリくらぶでは、以前、依存症からの回復プログラムの活動をしている団体について取材をさせていただきましたが、家庭内DVに至るまでに、アルコール依存症など解決すべき問題があり、暴力を犯罪として罰するだけではなく、治療をして問題を解決していく。
    そのために訓練を受けたスタッフが家庭に介入するということでした。
    こちらは加害者へのアプローチとなりますが、DVに苦しむ家族のために、必要なことではないかと感じています。

    [ウタリくらぶ内リンク]【取材してきました vol.006】依存症回復支援団体ワンネスグループ:第1回~取材のきっかけ・専門性の高いスキルが必要なプログラム~

    ●川瀬:
    そうですね、もちろん加害者側へのプログラムも必要です。
    加害者も何故DVをするのか、その方の生きづらさには成育歴やその時の仕事がうまくいかないなどのストレス、お酒やギャンブル依存などが関係していることがあります。
    ですから、双方向的な支援が必要だと考えています。
    ピーチハウスでは、メンバーひとりひとりの職業や関心などのバックグラウンドをもちながら、皆が関心のあるテーマを持ち寄り、やりたいことを実現していく柔軟な活動ができるグループです。
    私はその他にも、NPOの理事を兼任していて、LGBTについての活動はLポートという団体で行っているんです。

    [リンク]NPO法人北海道レインボーリソースセンターL-Port

    ●西川:
    ピーチハウスさんは、学校へ講師として出向いて子どもたちのために性教育についてのお話をする講演活動を、かなりの数をされていると思います。
    また、幼い子を育てている親のための支援も同時に行っていますよね。
    子どもたちの健全な発達のためには、子どもたちに対してのアプローチと、親への支援が必要ですが、一般的に市民活動は当事者である乳幼児期の親がその時期熱心に活動をしても、自分がその時期を乗り越えると自然にやめてしまって長続きしない傾向があります。
    ピーチハウスさんは、医療の専門職の方も関わられているとあって、息の長い活動を継続してされて行かれることができますから、とても社会に必要とされていますよね。
    何かを体験し知っている人が、伝え続けることに意義があると思っているので、私自身の活動もそのような思いで続けてこれたと思っています。

    ●川瀬:
    きっと、自分のやりたいことを続けられるのが一番なんです。

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    【取材してきました vol.020】NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん:第3回~推測で動くよりも、目の前の人の話をちゃんと聞く~」に続く…

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    <NPOピーチハウス プロフィール>

    2004年、地域のこども会活動をきっかけに、人権啓発活動と暴力未然防止、性の健康教育などの情報発信をするべく「CAP」「性の健康教育」の活動を開始。
    2006年、本格的にNPOピーチハウスとして活動、以降「デートDV防止プログラム」「誕生学」「こころのケア講座」等を開催。女性と子どもが大切にされ、また自らを大切にする環境環境づくりが不可欠だと考え、「人権啓発活動」や「性の健康教育」「暴力未然防止活動」などを行う。メンバーは、性教育やカウンセリングの指導者としての研修を受け専門性を兼ね備えた社会活動家、医師、助産師、看護師、作業療法士などの医療者も関わる。

    <川瀬亜矢子さん プロフィール>

    北海道苫小牧出身。
    かねてより男女共同参画に深い興味を持っていたことから、札幌市に拠点を置く女性人権保護団体にて、主にDV被害者の駆け込みシェルター利用者の支援に当たる。
    活動の中で、自らもDV家庭の子どもであったことの気づきを得て当事者としての深い理解と共感をもって多くの母子へ自立を促す活動をする。
    女性だけではなく、全人類的に抱える諸問題を解決すべく、より多くのテーマを扱う複数の市民団体の理事やメンバーとして所属し、「興味のあることにはすぐ行動」をしている。

    【関連リンク】

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    【取材してきました vol.020】NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん:第1回~家庭内にDVがあったことに大人になってから気づいた~

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    【取材してきました vol.020】NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん:第3回~推測で動くよりも、目の前の人の話をちゃんと聞く~」に続く…

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    投稿:   更新:2018/03/19

    カテゴリー:北海道 札幌市 離婚・別居 家族関係 地域別情報 特集記事

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