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    【取材してきました vol.020】NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん:第1回~家庭内にDVがあったことに大人になってから気づいた~

    投稿:   更新:2018/03/14

    カテゴリー:北海道 札幌市 離婚・別居 家族関係 地域別情報 特集記事

    DV被害者支援活動を長年されているピーチハウスの川瀬さん。そんな川瀬さんの育たれたご家庭のことをお話くださいました。

    ウタリくらぶでは、実際にひとり親当事者や支援者である方にもインタビューを重ね、家庭生活や子育て、働き方についての生の声をお聞かせいただき、読者の皆様により身近な情報をお伝えしています。ウタリくらぶ担当記者・西川明子です。

    今回は、北海道札幌市で活動する非営利の市民活動団体「ピーチハウス」のメンバー、川瀬亜矢子さんにお話をお伺いしました。

    川瀬さんは長年、DV被害者の支援活動をされています。
    ひとり親になる選択をする際に、家族間の暴力に悩み、ご自身やお子さんを守るためにやむなく家を出て、離婚という選択を取らざるを得なかった方も多数いらっしゃいます。
    実際、シェルターを運営する団体において、多くの親子を保護し自立支援のご経験をお持ちの方にお話をお伺いすることで、もし自分や親しい誰かが問題に直面した時に、良い解決に向けて行動するきっかけになるのではないかと思いました。(この記事は、3回に分けて掲載いたします。)

    第2回~DV被害者支援活動のベースには幼い時の気持ちがあった~】を読む →

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    川瀬亜矢子さん プロフィール

    北海道苫小牧市出身。
    かねてより男女共同参画に深い興味を持っていたことから、札幌市に拠点を置く女性人権保護団体にて、主にDV被害者の駆け込みシェルター利用者の支援に当たる。
    活動の中で、自らもDV家庭の子どもであったことの気づきを得て当事者としての深い理解と共感をもって多くの母子へ自立を促す活動をする。
    女性だけではなく、全人類的に抱える諸問題を解決すべく、より多くのテーマを扱う複数の市民団体の理事やメンバーとして所属し、「興味のあることにはすぐ行動」をしている。

    作業療法士/CAPスペシャリスト/NPO法人レジリエンス「こころのcare」ファシリテーター養成講座修了者/NPO法人全国女性シェルターネット「被災者対応DV・性暴力被害者支援員養成講座」修了者/内閣府東日本大震災被災地における女性の悩み・暴力相談員派遣員経験あり(引用:NPOピーチハウス メンバー紹介

    NPOピーチハウス プロフィール

    2004年、地域のこども会活動をきっかけに、人権啓発活動と暴力未然防止、性の健康教育などの情報発信をするべく「CAP」「性の健康教育」の活動を開始。
    2006年、本格的にNPOピーチハウスとして活動、以降「デートDV防止プログラム」「誕生学」「こころのケア講座」等を開催。女性と子どもが大切にされ、また自らを大切にする環境環境づくりが不可欠だと考え、「人権啓発活動」や「性の健康教育」「暴力未然防止活動」などを行う。メンバーは、性教育やカウンセリングの指導者としての研修を受け専門性を兼ね備えた社会活動家、医師、助産師、看護師、作業療法士などの医療者も関わる。

    【関連リンク】

    DV防止法

    2001年施行の、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律。配偶者等からの暴力(ドメスティック・バイオレンス=)に係る通報、、保護、自立支援等の体制を整備し、配偶者等からの暴力の防止及び被害者の保護を図ることを目的とする。
    「配偶者」には、婚姻の届出をしていないいわゆる「事実婚」を含み、男性、女性の別を問わない。
    また、離婚後(同様の事情に入ることを含む)も引き続き暴力を受ける場合を含む。
    「暴力」は、身体に対する暴力又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動を指し、保護命令に関する規定については、身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫のみを対象とする。(引用:内閣府男女共同参画局 配偶者からの暴力防止にかかわる関連法令・制度の概要

    取材のきっかけ

    NPOピーチハウスの川瀬亜矢子さんが、2016年10月9日・10日に北海道札幌市にて開催された『ひとり親家庭サポーター養成講座』に参加した際、『DV被害者母子支援 再出発に繋がる力に気づいてもらうために』のタイトルで講師としてお話をされていました。

    2017年春から取材を申し入れ、同年8月掲載ウタリくらぶの面会交流活動団体の記事をきっかけに、ひとり親支援者から『DV被害者や支援者の話もぜひ聞くように』との要請を受け、今回取材が実現しました。
    離婚理由としてDVを上げる人も少なくありません。

    身体的、精神的暴力や虐待は、直接的な加害者と被害者だけの問題ではなく、それを日常的に見せられている子どもたちにも、その後の人生において大きく影を落とします。
    当事者、支援者としての二つの側面を持つ川瀬さんに、リアルなエピソードをお伺いしています。

    【ウタリくらぶ内関連リンク】

    【取材してきました vol.010】コトオヤネットさっぽろ・親子ネットさっぽろ:第1回~子どもに会えない『もうひとりの親』の声~

    昭和の時代、DV家庭で育った子どもとして

    ●ウタリくらぶ記者・西川明子(以下、西川):
    昨年から取材を申し入れてからずいぶん時間がたってしまいました。
    今回は寒い中お時間を割いていただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。

    ●NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん(以下、川瀬):
    こちらこそ、よろしくお願いします。

    ●西川:
    わたしは一昨年秋に開催された『ひとり親家庭サポーター養成講座』に参加しておりましたので、川瀬さんがご自身もDV家庭で育った子どもとお聞きしておりました。
    親御さんから日常的な暴力を受けていたのでしょうか?

    ●川瀬:
    いえ、親同士にDVがあったのでDV家庭で育った子どもだったということですね。

    ●西川:
    ご自身には身体的な被害はなかったのですか?

    ●川瀬:
    わたしは、昭和生まれで今、47歳。
    当時、親に叱られて外に出されたとかはありましたけど、日常的に暴力の中で育った感覚はないです。
    大人になって感じた生きづらさは、両親間のDVがあったから、ということは感じています。

    ●西川:
    私も同世代ですが、昭和の時代って、親からや学校の先生からの体罰はしつけとして容認されていたじゃないですか。
    不謹慎な話題だったらごめんなさい。
    先日、志村けんのバラエティ番組を見ていましたら、その中のコントの一つとして、夫が妻に暴力をふるって、どんどん妻が血ノリが付いたりしてボロボロになるシーンが放送されていたんです。
    その時に激しい不快感があったのですが、ふと、自分も若い時は笑って見ていたかもと思うとぞっとしました。
    自分が今は親になり、なぜ子どもも見るような番組の中でこんなシーンが放送されているのかと怒りを感じるとともに、昭和の時代は、夫が妻に暴力をふるうことは日常的で特段、犯罪や特別ひどい事ではなかった時代だったのではとも気づきました。

    ●川瀬:
    そうですね、時代ということもありますよね。
    うちは両親がフルタイムで働いていて、わたしは三人きょうだいの長女でした。
    そんな中、母だけが仕事も家事もやっていて、不平等だなと感じていました。
    男女不平等だから結婚はしたくない、お酒を飲んで暴れる男の人が嫌。
    だからと言って、わたしが家事を手伝わなくてはならないとか、毎日どんちゃん騒ぎや口論があったわけではないのですが、生活を回すために母だけが苦労している。
    強烈な印象があるのは、父が酔っ払って帰ってきて、母に暴力を振るうことが小学校低学年ぐらいの時にあり、暴力っていやだなと感じていました。
    先ほどのテレビ番組のように、自分たちがそのことに敏感かどうか、その問題に違和感があるかどうか、どんな環境や関心を持って、どこに軸足を置いているかで感じることが違うんです。
    わたしは、DV被害者保護や支援の仕事に関わっている中で、過去を振り返ってみたら、『うちもDV家庭だったわ』という感じなのです。

    ●西川:
    ご自身に対してのお父さんからの激しい暴力があったのではなく、お母さんが暴力を受けているのを見て育ったということなのですね。

    ●川瀬:
    男女不平等だったのがとにかく嫌だったんです。
    気が付いたらかつてDV家庭の子どもだった。
    母だけがひたすら働いて家事をして。
    もちろん専業主婦の夫であっても、家事も育児もしたほうがいいと思うんですけど、それを一手に引き受けている女性が多いと思うので、女性ばかりが頑張らなくてもいいのにな、と。

    ●西川:
    お父さんは、普段はどんな様子でしたか?

    ●川瀬:
    父は仕事も頑張って働いていたし、子煩悩で家族みんなでキャンプに行ったり、ファミコンが発売されたら買って来たり、雪まつりに来たりとかしていましたよ。

    ●西川:
    では、よくいる子ども好きなお父さんですね。

    ●川瀬:
    だから、家庭内にDVがあったということは大人になってから気づきました。

    ●西川:
    子どもの時には、強く自覚があったわけではなかったんですね。

    失踪した父を受け入れた母

    ●川瀬:
    わたしが一昨年の講座の時に、どこまで話したか忘れてしまったんですが、一時期父は失踪しているんですよ。
    わたしが1歳になる前にいなくなったんですって、どうしてなのかはわからないんですけど。
    それも、私が高校生の時に、おばから『小さい時にお父さんがいなかったよね』と言われて、そういえばその時のアルバムに父は写っていないんです。
    今でいう遺棄。
    子どもと妻を捨てて。

    ●西川:
    どのぐらいの期間、お父さんがいなかったのですか?

    ●川瀬:
    結構な期間いなかったんです。
    母はあっちにいると言われたら探しに行って、新聞に広告を載せたりとか、考えられる限りのことは、いろいろしたらしいんですけど、いよいよ連絡がつかないので離婚をしたほうがいいのではと、姉たちから言われたらしくて。
    でも、ふらっと帰ってきて、私の実の父親だしもう一回やり直してみようかなと、一緒に暮らし始めてから弟たちが生まれているので。
    弟とは5歳違うので3~4年ぐらいいなかったのでしょうかね。

    ●西川:
    お父さんにはその時のことを聞いたりされたのでしょうか?

    ●川瀬:
    母が良く受け入れたな、と思いますよね。
    父には、『なんで捨てていったの』って直接言ったか分からないんですけど、『絶対許さない』とか『どんなに寂しい思いをした』とか、『今生きづらい背景には、あなたがいたからだ』とか言ってやろうと思っていたんですけど、20年ぐらい前に父が二回目の脳梗塞を患って、弱ってきているので立場も逆転したからということもありますが、父も彼なりにいろんな思いがあって戻ってきたんだなと思ってます。

    ●西川:
    長年失踪していた夫をまた受け入れるなんてお母さんは寛大ですね。
    そして、そのことを知っても恨み言も言わずにお父さんのその時の状況に理解を示しているなんて、それこそ心が広いです。
    今、障がいを負ったお父さんはどこにいらっしゃるんですか?

    ●川瀬:
    父は要支援2で、障がいの度合いとしては軽い方ですから自宅で母が看ています。
    50代で一度目の脳梗塞の時は一度職場に復帰したんですが、二度目は50代半ばで後遺症が重かったので仕事を辞めてしまいました。
    リハビリセンターに通う生活をしていると、同世代の同僚と比べて惨めさを体験していると思いますよ。

    ●西川:
    お父さんは、同世代の方と比べると少し引退が早かったということですね。
    北海道では、車を運転することが出来なくなると働き続けるのが難しくなりますよね。
    川瀬さんのお母さんは、いろんな意味でとても強いなと思います。

    ●川瀬:
    『なんで? 私なら受け入れないよ。どうして何度も受け入れたの?』と母に聞きました。
    そうするといつも『好きだったんじゃないかな』って、父のことを。
    彼女だったから、父は生きていられたのだと。

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    【取材してきました vol.020】NPOピーチハウス・川瀬亜矢子さん:第2回~DV被害者支援活動のベースには幼い時の気持ちがあった~」に続く…

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    投稿:   更新:2018/03/14

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