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【取材してきました vol.021】宮城県父子の会:第3回~被災地の経験を全国に生かしたい~

投稿:   更新:2018/03/29

カテゴリー:宮城県 仙台市 離婚・別居 地域別情報 特集記事

3.11によって死別のひとり親家庭が増えた……村上さんが3年後を見据えて動き始めます。地道なその活動は実を結ぶのでしょうか。どうぞご覧ください。

ウタリくらぶでは、実際にひとり親当事者や支援者である方にもインタビューを重ね、家庭生活や子育て、働き方についての生の声をお聞かせいただき、読者の皆様により身近な情報をお伝えしています。ウタリくらぶ担当記者・西川明子です。

今回お話をお伺いしたのは、宮城県在住のシングルファーザーで、全国父子家庭連絡協議会理事、宮城県父子の会代表の村上よしのぶさんです。(この記事は、5回に分けて掲載いたします。)

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2011年3月11日、東日本大震災

●ウタリくらぶ記者・西川明子(以下、西川):
今回、村上さんにお話をお伺いしたいと思った動機づけの一つに、えぞ父子ネットの上田さんから、震災の時に、一夜にして父子家庭が何百世帯も出来てしまって、そのお父さんたちの支援に当たられたとお伺いしていました。
その時のお話を聞かせていただけますか?

●宮城県父子の会代表・村上吉宣さん(以下、村上):
東日本大震災の時に、一夜にしてひとり親家庭が総数約1,200件生まれてしまったと言われています。
そのうち、半分が父子家庭だとすると600件になります。

●西川:
一件一件訪ねて行ったと聞いています。

●村上:
それにはいろんな背景があって、活動を辞めようと思っていました。
児童扶養手当が父子家庭に拡充した平成22年、やり切った感もあったし、仕事を優先しなくてはならないという個人的な事情と、あと、一番の理由はクレームの方が多かったからです。

●西川:
当事者からですか?

●村上:
遺族基礎年金、遺族厚生年金は、妻が亡くなった夫には支給されていなかった。
「何故離別が先に支援を受けられるのだ」という苦情が入りました。
それでモチベーションが一気に落ちてしまっていたんです。
東日本大震災当日は、僕は山形県にいて、子どもたちは仙台にいました。
自宅は津波の被害が来ない場所で難を逃れたのですが、数週間たってから、子どもたちを連れて何が起こっているのか現状を見に行かなくてはと沿岸地へ行きました。
そこで見た光景は、以前NHKで見たことがあったような東京大空襲の白黒映像のような惨状が目の前に広がっていたんです。
間違いなく、死別の父子家庭が増えたと感じました。
その後、厚生労働大臣が、震災によってひとり親家庭になった被災者への支援について『既存のひとり親支援制度でやります』と言い切ったんです。
ということは、震災で妻を亡くされた世帯は無視するんだなと思いました。
被災地に支援に入られる様々なNGO団体においても遺児家庭イコール母子家庭だと思っているという中、父子家庭に対しての問題意識を持っている人が、被災地で僕一人なんじゃないかと思い立ちました。
その時、子どもたちが震災のショックでメンタル状態がお留守番出来る状態ではないということも、まだ生活保護を受けながら働いているという事もあり、それがきっかけでいったん会社を辞めるんです。

●西川:
思い切った決断をされたんですね。

被災地の経験を全国に生かしたい

●村上:
辞めて半年間、思い切り活動をしよう。
半年の活動の成果は3年後に出そう目標設定をしました。
支援を得るための場所も、被災地限定の制度だけ変えてもすべての人が救われないことはわかっていました。
何故なら、仕事を求めて全国に当事者が散らばる可能性もあるからです。
食料などの物資での支援、義援金、心のケアなどは全国から支援の手が差しのべられていました。
では、僕にできることは何かというと、政策提言の活動経験を持っているということ、この現状をメディアに訴え、法律を変えるためのノウハウを持っていたので、この被災地の経験を全国に生かすためにはどうしたらいいかという考え方をしました。
全国どこで天災に見舞われ、パートナーを失うことになってしまったとしても、支援が得られるためには、法律を変えるしかないと思いました。

●西川:
確かに、ご経験が活かされそうですね。

●村上:
必要だったのは当事者の声です。
でも、津波で妻を失ったばかりの彼らに、メディアに出ていかせるわけにはいかない、と思ったので、彼らの声を可能な限りに聞き取って、思いを託してもらわなきゃならない。
多くの当事者につながらなくちゃならない。
でも町が無くなっているので、どこに彼らがいるかわからない。
それで、これまでにつながっていた新聞やテレビの関係者に、「被災地で知り合いになった父子家庭と僕をつないでほしい。なぜなら法律を変えるためです」と、ひとりひとりオフレコでつないでもらって、一件一件訪ねて回ったんです。
そういうと一見美談に見えるかもしれないけど、目的は3年後、5年後、生活再建していくためのステップをつくるためで、彼らに同情しに行ったわけではないんです。
少なくとも一人で子育てをしている同士として、僕の連絡先を彼らの携帯電話に登録させることを地道にやりました。
何かあったら連絡できるところとして。
100名近く会いに行って、それで5名、勇気をもって協力したいと申し出てくれた方がいました。
彼らがメディアにも出て協力してくれたおかげで「震災父子家庭」という言葉が浸透して、天災復興からのマニュアルを政府が作った時に、子育て支援イコール母親、だったのが(父親)と記載されるようになりましたし、おむつを支給してもらえるようになりました。

●西川:
村上さんの3年後を見据えた目標に力を貸したいと申し出てくれた当事者の方がいたのですね。

●村上:
次にね、全国に地方議員の力を借りて、いつどこで何があるかわからないので、父子家庭への支援も拡充する必要があるよね、という意見書を政府に出してもらう活動をするんです。
遺族年金、就労支援、特定求職者雇用開発助成金において父子家庭も対象にするという項目が入った要望を自治体から政府に送ってもらうんです。
フェイスブックを使って全国の県議会議員の1,000人近くに、メッセージ、新聞記事、ニュースの動画、地元の議会で採択してほしい意見書の原案を送りました。
それに加えて公明党が協力をしてくれるようになりました。
公明党には、共通意見書という仕組みがあり、政党内で採択されると地方議員が一斉に動くというシステムを持っていたため、22都府県で意見書を採択し、114市町村議会が意見書を政府に届けてくれる、という動きになっていきました。
東日本大震災が2011年、母子家庭を対象にしていたあらゆる法律が変わったのが、2014年。
遺族基礎年金が父子家庭にも拡充されたのが2014年。
父子家庭のための相談ダイヤルとして、何か困ったことがあったら連絡くださいと伝えて回ったのは、3年後に法律を変えるための活動だったのです。
だって、僕がやれることってそれぐらいしかないんですよ。

●西川:
それぐらい、ってものすごいことをやっていたじゃないんですか?

宮城父子の会、地域密着型の活動について

●村上:
児童扶養手当の時も、震災のときも、たまたま自分がそこにいて、タイミングが来たから。
えぞ父子ネットの上田さんの活動のように、自分の生活圏域でコミュニティを作っていくというような活動は、人付き合いが苦手なんで並大抵のことじゃないと思っています。
仕事の話は出来るんですが、世間話が苦手、という感じですね。

●西川:
それは上田さんのキャラクター、村上さんのキャラクターは、全然印象が違いますし、それぞれ得意分野が違いますからね。
宮城県でも父子の会を開催されているじゃないですか。

●村上:
宮城県父子の会の、バーベキュー、飲み会、温泉、お花見などの交流会を行っているんですが、主体となっているのは友人のシングルマザーさんなんです。

●西川:
部活動でいうと主将タイプとマネジャータイプといった感じでしょうかね。得意なことはその人に任せることでうまくいきますよね。

●村上:
宮城県父子の会での僕のスタンスは、「困ったことがあったら連絡ちょうだい、何とかするから」と。
法律、生活上の困りごと、生きることに疲れました、という悩み相談まで、話を聞くことを担当しています。

●西川:
皆で何となくわいわい楽しく過ごすというのが苦手、という感覚、少しわかります。
1対1で話すことや、なにかテーマがあってそれについて話し合うのは大丈夫ですよね。

●村上:
用件がはっきりしているものは、大丈夫です。
今はね、全国各地で父子の会が自主的な活動をしています。
児童扶養手当が父子家庭にも拡充されるようになった政策提言をするために、全国父子家庭連絡会が結成されていましたが、今は表看板として、父子家庭支援団体の情報を発信したり、課題やテーマ、政策提言を発射するために存在しています。
それぞれ地域密着で経験値を活かす活動をしているので、あとは経験の共有が必要なので、どんな活動があるのかわかるプラットフォームを創ろう、ということで、全国父子家庭連絡ネットワークという、フェイスブックページを使って、それぞれの団体がやっている活動の認知を拡げるために存在している場も設けています。
これは任意団体で、NPO法人だと手続きが大変なので、気楽に運営をしています。

●西川:
わたしも日々子育て支援活動をライフワークにしていますが、同じように任意団体にしています。
他に生活のための仕事もありますし、長く続けていくためには、ある程度柔軟に活動できるのが強みだと思っています。

●村上:
僕が活動を始める一番最初の動機付けとしては、大きなことを言わせていただければ子どもたちが大人になった時に後ろ指さされないようにしたかったんです。
活動当初のころから生活保護を受けていたので、とにかく普通の暮らし、仕事をして給料をもらって、という生活がしたかった。
経済的自立を目指すことが最終ゴールだった。
当時はそうだったんですよね。
でも今はちょっと変わってきて、私らしく生きる。
それは生活保護を受けていることが前提になっているのではなく、自分で仕事をして得たお金で自分らしく生きる、ということです。
自分らしさの中に、父子家庭支援はライフワークになっちゃっているので、生活の負担にならないように子どもの暮らしを第一優先させるためには、任意団体といういざという時には役立つし、何か情報を発信するための発射台になるものを持ちながら、一生懸命仕事もすることですね。

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<村上よしのぶさんプロフィール>

宮城県仙台市在住、高校1年生の男子、中学3年生の女子の父親(2018年3月現在)。
全国父子家庭連絡会理事、宮城県父子の会代表。
離婚直後に病気で倒れた祖父の介護、幼子二人の育児のダブルケアが始まる。
祖父の他界後、長男の病気のため長期入院生活を余儀なくされ、八戸市から仙台市に転居。生活保護を受けながら看病した。
父子家庭に児童扶養手当支給を求める政策提言、東日本大震災で妻を亡くした父子家庭の支援に当たり、夫に遺族基礎年金支給を求める政策提言し、支給の実現をした。
現在は母子父子医療費助成の現物給付を求める活動をしている。

【参考リンク】

【関連動画】

※ 現在進行中、クラウドファウンディングの取り組み

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