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    【取材してきました vol.021】宮城県父子の会:第2回~誰も訴えていないなら、じゃあやってやろうじゃないか~

    投稿:   更新:2018/03/28

    カテゴリー:宮城県 仙台市 離婚・別居 地域別情報 特集記事

    いつか誰かが何とかするだろうと思っていた。でも、いつまでたってもどこの誰も何もしてくれなかった……。その時に村上さんが選んだこととは……?!父子家庭支援活動を続けている村上さんへの取材記事です。どうぞご覧ください。

    ウタリくらぶでは、実際にひとり親当事者や支援者である方にもインタビューを重ね、家庭生活や子育て、働き方についての生の声をお聞かせいただき、読者の皆様により身近な情報をお伝えしています。ウタリくらぶ担当記者・西川明子です。

    今回お話をお伺いしたのは、宮城県在住のシングルファーザーで、全国父子家庭連絡協議会理事、宮城県父子の会代表の村上よしのぶさんです。(この記事は、5回に分けて掲載いたします。)

    ←【第1回~一人で子育てする困難さは父子家庭も同じ~】を読む

    第3回~被災地の経験を全国に生かしたい~】を読む→

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    活動の入り口

    ●宮城県父子の会代表・村上吉宣さん(以下、村上):
    その活動を始めた年は、息子が小学校1年生になり、社会復帰、病院からもう集団生活に戻っていいですよと認められた年なんです。
    僕も大型免許を取ったので、ドライバーをやろうと思っていたんです。
    でもいざ息子が学校に通うようになると、1日行ったら1日休む、2日3日寝込むという事を繰り返していて、社会復帰するためのエネルギーが足りてないんです。
    二人とも退院した後は、両足で階段を上ることが出来ないぐらい筋力が衰えていたんですよ。
    ここでまた、「俺は働けるはずだったのに無理だ」という事になるんです。
    改めて自分の価値や人生プランを考えて、どうやって生きていこうかと考えていた時に、ふと、ひとり親支援のためのパンフレットを見たんです。
    その時は離婚から3、4年経っていました。
    離婚当初は、父子家庭に児童扶養手当が支給されていなくても、いつか誰かが何とかするだろうと思っていたんです。
    でも、いつまでたってもどこの誰も何もしてくれなかったんです。
    そして、この状態がおかしいんじゃないか、という自分自身の考えについても自信が持てなくなってきて、男が一人で子育てをしている、大変だから支援がほしい、経済的に自立できない、この状況を男としてどうなんだろうか。
    そもそもひとりで子育てをする大変さは男女問わず普通に働き続けるのは無理で、生活を立て直すためのステップがないと、子どもや自分が病気になった時に生活が破たんするのは当たり前で、そこに男女差はない。
    そこでね、自分の考え方について片っ端からいろんなところに確認をしていったのが、活動の最初の出来事なんです。

    ●ウタリくらぶ記者・西川明子(以下、西川):
    どこへご自身の考え方について確認をしに行かれましたか?

    ●村上:
    当時、もう男女共同参画事業のためのセンターも出来ていたし、男女差別相談窓口へ出向いたり、ひとり親家庭支援計画を作る策定委員になっている議員に一件一件電話をしたり、大学で母子保健を研究している先生、地元の県議会議員、国会議員、テレビ、ラジオ、新聞などのマスコミ、ハローワークなど思いつく限りのところに自分の考えていることを伝えて回ったんです。
    「僕はこう考えているんですが、何故変わらないんですか。おかしいと思いませんか」と。
    誰一人として、否定しなかったんです。
    賛同しかなかったです。
    「法律がおかしいよね、変わらないのは当事者からの訴えがないからだ」という返答がいろんなところからあったんです。
    自分自身の価値観や考えていることについての不満、怒り、その確認作業をしたらすべて承認してもらえた。
    自分がおかしいんじゃなくて、怒りや不満、不平等感は正しいんだと。
    誰も訴えていないなら、じゃあやってやろうじゃないかと思ったのが、活動のスタートなんです。

    ●西川:
    不平等感や、なんかおかしいんじゃないかと気が付いたりしても、なかなか法律を変えるまでの運動ができる人はいないですよ。

    ●村上:
    法律変えてやろうとか、全く思っていなかったんですよ。
    自分のアイデンティティ、社会的価値を取り戻すために始めたことが、自分にしかできないことの一つという事に気が付いて、自分の訴えは、誰もが思っているけど誰もがあきらめていることなんだという事が分かってね。
    その当時はまだ生活保護を受けていたし、浮いている時間をその活動にすべて費やそうと決めたんですよ。
    それはきっと、自分が社会復帰するためのリハビリになるかもしれないという事が入り口で、その目的が父子家庭支援だったんです。

    ●西川:
    自分の考えていることが正しいのか、あらゆる方に確認作業をされたことが、活動を始める動機づけになっているんですね。

    ●村上:
    有識者もそうですし、立場のある方々に確認をして、おかしくないよ、間違っていないよという返事が返ってくる。
    その時は一個一個許されていく感じがしたんです。
    息子の入院生活で、目の前で苦しんでいるときには、俺が守らなきゃと思うんだけど、息子が眠りに入って病院の中の静けさが「なんで俺、仕事していないんだろう。社会のどこにいるんだろう」と考えさせられちゃうんです。
    親としての側面と、個人としての社会性にものすごく溝があって、それを埋めるための確認作業をしたら、みんなが承認をしてくれた。
    それが僕の活動の入り口ですね。

    様々な要因が重なって、国を動かすことにつながった

    ●西川:
    ドキュメンタリーでは、村上さんがご自身で感じたことについて確認作業をされていたことについては触れられていないじゃないですか。
    今お伺いしていて、村上さんのお父さんと個人の間の溝という表現が、心を揺り動かすような感覚がありました。

    ●村上:
    その当時の時代背景という事も大きなきっかけになっています。
    当時は平成20年で全国父子家庭連絡会は翌年に結成するのですが、ちょうどリーマンショックがあった時なんです。
    バブルがはじけてからその予兆はあったものの、その時をきっかけに男性は働けば何とか稼いでこれる、生活費は稼げるものだ、社会的な強者であるという価値観は崩れ、働いても稼げない時代に入ったんですよ。
    同時並行で女性が労働者としてスポットライトが当たったんですよね。
    働く女性の後ろには働いても稼げない男性たちがいる。
    そういった事が政治の世界にもだんだん理解してもらえるようになった。
    その結果として、父子家庭のお父さんたちも大変だ、支援制度が必要だよねという声が政治家の中でも起こってきたんです。
    当時、父子家庭支援の活動について、鹿児島、福島、山梨、島根、東京、新潟、千葉、北海道、宮城とみんなそれぞれ個別でばらばらに活動をしていました。
    皆をつなぐきっかけは一時期流行ったSNSのmixiです。
    同時に携帯電話の通話無料サービスも始まって、遠方の人との連絡が取りやすくなったという事があります。

    ●西川:
    民主党に政権交代する時のマニフェストに、父子家庭にも児童扶養手当を支給しますと記載がありましたよね。

    ●村上:
    それには、山形県父子の会の佐野さんが、民主党に呼ばれた勉強会の中で、父子家庭の実態を訴えたことがきっかけになっています。
    それ以外にもそれぞれの地域で働きかけをしていて、僕も仙台市議会から政府に向けて意見書を出すという事はしていたので、声が集い始めていました。
    政党内での勉強会が開催されるためには、その問題について取り上げようという議員がいる必要があるので、その突破口を作ったのが、佐野さんだったんです。

    ●西川:
    そうした地道な働きかけを全国の父子家庭支援活動家がされていく中で、政府を動かしていったんですね。

    ●村上:
    実際にはマニュフェストには載ったけど、事項要求という予算をつけて実行をする様子ではなかったということをきっかけに、「今、訴えないと実現しないぞ」と概算要求、ちゃんと予算をつけて優先順位を上げなくてはならなかったんです。
    そのためには当事者がメディア露出し、全国組織を結成して直接政府と交渉しなくてはならない。
    それで『全国父子家庭支援連絡会』という組織を作ったんです。
    僕はテレビなどのメディアに、自分も子どもも実名を出して露出し、子どもが白血病で生活保護を受けて看病をしている父子家庭を売り物にしたんです。

    [リンク]概算要求(金融情報サイト)
    [リンク]事項要求(コトバンク)

    ●西川:
    それは何より、父子家庭にも児童扶養手当を支給するという目標を達成するために。
    テレビ番組などを見た視聴者が、問題意識を持ってもらえますよね。

    ●村上:
    有名どころの政治家が出演しているようなニュース番組に、この問題について取り上げてもらい、その政治家に要望文を非公開でいいから渡してくれと交渉したり、あらゆる手段を使いましたね。
    結果として世論は動いたし、厚生労働大臣、政務官の目にも止まって、「これはなんとかしなくちゃね」と思ってもらえた。
    全父子連が厚生労働省で記者会見をした後に、大臣から時間を取るから会おうと言われたのも、それぞれがアクションをしていなかったら、あんな奇跡みたいなことは起きなかった。
    FNSドキュメンタリーは、すごくきれいなストーリーにまとめて作っているけど、裏側はドロドロした身売り活動により成り立っていたんですよ。

    ●西川:
    あらゆる考えられる手段を尽くしたのですね、根回しをしたりとか。

    ●村上:
    ドキュメンタリーの密着取材だから、どの議員に会いに行ってもカメラが付いてくるわけですよね。
    そうすると政治家も会ってくれるんです。
    だからこそ、全国組織を作って活動するという意義があったし、それがなかったら突破できなかったでしょうね。

    ●西川:
    リアルタイムで国が動かされていく様子が番組に取り上げられていて、父子家庭に対する児童扶養手当支給が実現する見込みがあると判断して、ドキュメンタリーの取材がはいっていたということなのでしょうか?

    ●村上:
    現場で取材を担当してくれた仙台放送は、父子の会のブログを見て、何故この人こんな活動を一生懸命しているんだろうと興味を持って密着取材をしたので、なにか社会問題や政治的話題を取り上げたいという意図は最初はなかったんです。
    この男は何をしたいのかとテーマも決めずに取材が入っていたんです。
    その間に民主党に政権交代をするなどのいろんなきっかけが出てきて、このタイミングを逃しちゃいけないと思って、活動も必然的になりました。

    ●西川:
    番組制作は、制度の実現を目指すという意図があったわけではなく、村上さん個人の活動に密着していたらたまたま歴史が動く瞬間に立ち会えた、というベストタイミングだったのですね。
    番組が放送された後の反響はいかがだったでしょうか?

    ●村上:
    放送が始まった時はものすごく怖かったのですね。
    どう評価されるんだろうと不安だったし、クレームの嵐しかないんじゃないかと思いましたね。
    たまたまいろんな人の力を借りてできたことだったんですが、あの時は本気だったんです。
    その経験が就職活動にも生きて、ドキュメンタリーで仕事を始めたシーンがあったんですが、ハローワークで就活しても全然決まらなかったので、テレビの密着取材が入っているから、とにかく給料はいらないので経験を積ませてほしいと交渉をしたんです。
    何十社と話をしましたけど、あの会社だけが「君、面白いね」と言ってくれて、子育てしながら欠勤、遅刻、早退があるかもしれないということを全部ひっくるめて受け止めてくれたんです。
    社会復帰のために始めた活動が、就職にも活かされることになったんです。

    ●西川:
    お仕事はその後どうされていますか?

    ●村上:
    今でもあの時の会社に勤めています。
    グループ会社で障がい福祉の業界、就労支援の仕事をしています。

    ●西川:
    同じ会社の別の部署でお仕事を続けているんですね。
    お子さんの体調が悪い時には理解があるという事は助かりますよね。

    ●村上:
    そういうことがある人として受け入れてくれているので、しっかり仕事しようとモチベーションも上がりました。
    ただ、東日本大震災の年に、一回辞めたんですよ。

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    <村上よしのぶさんプロフィール>

    宮城県仙台市在住、高校1年生の男子、中学3年生の女子の父親(2018年3月現在)。
    全国父子家庭連絡会理事、宮城県父子の会代表。
    離婚直後に病気で倒れた祖父の介護、幼子二人の育児のダブルケアが始まる。
    祖父の他界後、長男の病気のため長期入院生活を余儀なくされ、八戸市から仙台市に転居。生活保護を受けながら看病した。
    父子家庭に児童扶養手当支給を求める政策提言、東日本大震災で妻を亡くした父子家庭の支援に当たり、夫に遺族基礎年金支給を求める政策提言し、支給の実現をした。
    現在は母子父子医療費助成の現物給付を求める活動をしている。

    【参考リンク】

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    ※ 現在進行中、クラウドファウンディングの取り組み

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    投稿:   更新:2018/03/28

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